二度と行けなかった場所の話

☆免許とりたてのころ、夜ごと浮かれて父の車を駆っては市内をぶらぶら散歩していた。車はどんどん運転しろという父の方針を最大限悪用してのことだった。パワステでもないマニュアル車、しかも典型的なおっさん車の色・形であったが、うら若かった私には初心者マークをつけた、いかにも借り物に見えるかっこわるい車がお似合いだった。

☆ある風の強い夜、自宅から離れた国道をひとり走っていたのだが、左に派手な美容院のある交差点でなんとなく右折しそのまましばらく直進したところ、突然ひらけた場所に出た。そこは舗装されておらず、街灯もなく真っ暗で、おとぎ話の魔女が棲むような、とんがり屋根がいくつかある大きなお屋敷が一軒建っていた。空には月も星も見えず、背の高い木が強風に枝葉を揺さぶられているだけだった。私は車を停めて窓を開け、その魅惑的な光景を目からビームを出しつつ見つめ「いいとこ見っけ! またここへ来よう!!」と考えていた。

☆何日かして、またあのお屋敷を見ようとわくわくしながら同じコースを走った。が、どういうわけかあの場所へたどり着けない。驚いて何度もあの夜と同じ道順で走ってみたが、なにしろ簡単な道順だ、間違っているとは思えない。それなのにどうしてもあの場所に出られないのである。

☆もしかしたら私の単なる勘違いだったのかもしれない。道しるべだったあの派手な美容院もいつのまにかなくなり、私も車を運転しなくなり、もう確かめるすべもなくなったが、あれは一体なんだったのか、私が見たものはなんだったのだろうといまでも不思議に思う出来事だ。

 

 

☆追記

先日、市内の道に詳しいひとにこのことを話すと、むかしからあの辺りにひらけた場所はないとのことだった。