はじめての夜道のひとり歩きのこと

☆あれはおそらく中学一年の夏休み、近所の盆踊りの夜に人生初の「夜間外出」の許可がおりた。独裁者気取りの両親の気まぐれだ。

☆私は夜の外出に憧れていた。夜に関する知識といえば、黒い空に月と星があることくらいだったが、それ以外の「夜」も見てみたかったのだ。学校では、塾通いのよその子たちがよく「ゆうべの話」をしていたけれども、コドモを塾に通わせる経済力のない(または貯蓄に夢中で塾どころでない)家庭だったせいもあり、毎日夕方5時から家に閉じ込められていたのだった。

☆さて盆踊りの三日間、私は一人きりでやたらめったら近所をうろつきまわった。盆踊りに参加したいわけでもなく、そうかといって行く当てもなく、つるむ相手もない。さんざさまよった挙げ句、気がつけば街灯もまばらな柳並木に立っていた。

そんなときに限って、幼いころ祖母から「柳の下にはユーレイがつきもの」と聞かされていたことを思いだしてしまい、「柳一本につきユーレイ一名いたらどうしよう。」と足がすくんだが、その線で行くと道の両端がユーレイだらけというたいへんにぎやかなことになる。じっさいにはユーレイは一名も現れず、三日のあいだ、幸いなことに変なおじさんなどの危険な人類にも遭遇しなかったが、私が見てみたかった「夜」を発見することはとうとうできなかった。

☆それからもう少し大きくなって「見てみたかった夜」を見ることはできた。何のことはない、いわゆる繁華街、ネオン街といった、明るい電飾で夜が飾りつけられている風景である。しかし飲み屋さんへゆく習慣はついぞつかなかった。ああいった状況でお酒を飲む必然性が理解できなかったのだ。夜の選択肢は、部屋でひとり本を読んだり映画を観たり音楽を聴いたり作ったりするか、ライヴハウスへ出かけて酔っ払うかのどちらかだった。

☆あの日から現在に至るまで、夜の外出は好きだが夜道のひとり歩きは嫌いである。