記憶の遠近感

☆むかしむかし、秋から冬にかけて毎年来ていた、

「焼芋っ。     一個百円っ。     焼芋っ。     一個百円っ。」

の焼き芋やさんのおじさんの呼び声がなつかしい。

このおじさん、夏場は夏場で、

「甘〜い甘い、   スイカに、   メ ・ ロ ・ ン ♡」

の声とともにやってきたものだったが、いまはもう聞くことはない。

おじさんはどこでどうしているのだろう。 今さらながら、おじさんの幸運を祈って止まない。

☆このあいだ閉店した百貨店の地下の奥にはむかしから一軒のお魚やさんがあった。並べられたお魚は大物演歌歌手がステエヂに登場するときのような白くて冷たい煙におおわれていた。

むかしむかし、このお店でさまざまな海産物を眺めるのが好きだったのだが、生まれて初めてミル貝がだらしなく横たわるのを目撃したときは、恐怖のあまり黒いミニのタイトスカアトに黒いストッキングとローヒールといういでたちで人目もはばからず逃げ出した。もちろん全力疾走である。地階の端っこまで走ってやっと立ち止まった。それ以来、歌謡なんとかショウみたいなこのお魚やさんへ行く際は、だらしないミル貝がいないかどうかを遠巻きに確認してからそばに寄って見学することにしたのだった。

ミル貝はほんとに恐ろしかった。

☆中年のころ、徒歩15分ほどの距離にある大型スーパーマーケットでおやつのお買物をした。当時新発売の、ラズベリー味のビターチョコレエトも一箱買った。

お会計が済んで荷物をお買物袋に詰め替えるときからラズベリーのチョコレエトを食べはじめた。爆発的にんまかった。エスカレエタアで地上に出る間も、外に出てからもラズベリーのチョコレエトを食べ続けた結果、自宅に到着するはるか前に食べ終えてしまった。もう二箱買わなかったことを激しく悔やんだが後の祭りである。部屋に到着するまで歩きながら食べ続けていたかった。

後の祭りといえば、その後、私の心拍数は予定どおりはね上がった。いったい何度チョコの一気喰いをしては心拍数を急激に上げる経験をしてきたことか。人は皆、カフェイン類を一気に摂ると心拍数がはね上がるようにできているのだろうか。

たしかその夜は心臓が苦しいまま重い躯を引きずってPANTAのライヴへ行ったはずだ。友人I君と、PANTAの曲のすごい歌詞、「気がついたらお姉さんの首を絞めて殺してしまっていた」みたいな歌詞に死ぬほど笑いをこらえながら見ていた気がする。

☆あんなこともこんなことも、むかしむかしの出来事だ。