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啓蟄といえば

私事

啓蟄の日ではなかったが、十年ほど前、冬眠から目覚めたばかりと思われるカエルに出くわしたことがあった。場所は東京S区。日が傾きかけた道端を半開きの目でゆっくりと歩く一匹のカエルがいた。鼻の先からお尻まで12、3cmもあったろうか。私が育った寒い土地では見かけない大きなカエルだった。

ためしに「初めまして。おはようございます。」「今日、起きたんですか?」「まだ寒くないですか?」「これからどちらへ?」などと静かに話しかけてみたのだが答えてはもらえず、カエルは黙々と歩き続けた。車の往来はけっこうあったし、歩道のない道路だったので、せっかく冬を越して起きたカエルが轢かれないようカエルと車との間を私は歩いた。カエルのテンポで歩いていた私はさぞかし変な人間だったにちがいない。

そうやって日が落ちる少し前まで、私はカエルと歩いた。どこへ行くのかわからないカエルに「じゃ、そろそろ帰ります。お気をつけて。さようなら。」と挨拶して途中で別れ、少し道に迷いながら私は人間の世界へと戻っていった。あのカエルはまだ元気で暮らしているのだろうか。

☆雪国では啓蟄の日は冬の第3コーナーと第4コーナーの中間くらい、要はただの真冬だ。こんな寒いところで冬眠するカエルなどいるのだろうか。もしもまた目覚めたばかりのカエルに遭遇することがあれば、やはりしつこくつきまといたいと思う。

(カエルはなんにも言わないけれど、きっと迷惑に思っていたにちがいない……。)

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