ナンパという不可思議な行為

☆「僕、これから家で晩ごはん作って食べるんですけど、来ませんか?」といかにも真面目そうなひとに真顔で言われた夕暮れ時。一面識もないひとである。突然のことにぽかんとしたがもちろん即座に断った。相手はあっさりひきさがってくれたが、自宅での食事に知らないひとを誘うのも、断られてあっさりひきさがるのも、どういう心理なのかわからなかった。あのとき私は三十を過ぎたばかりだった。

☆三十代のとき。まだ明るい時間、市中心部を歩いていたら突然行く手をさえぎり「どう?!」と言うひとが飛び出した。離れたところではお仲間が「スルー? スルー?」と騒いでいる。ぶかぶかのおずぼんの股間の位置が下に大きくずれている2人組であった。よく考えてから、あれはナンパだったのかもしれないとうっすら思うようなよくわからない出来事であった。

☆これも三十代。仕事帰りに夜の散歩をしていたら「ヒマだからセックスしない?」と自称AVのスカウトが声をかけてきた。宿に帰っても仲間とトランプするだけでヒマだから、と。「それだけの理由でセックスできるの?!」と聞き返してしまったが、彼は当たり前のようにうなづいていた。せっかくなのでAVのスカウト事情を聞き出したあと、丁重にお断り申し上げた。

☆まだ十代のころ、いかにもチンピラふうな車の窓から、いかにもチンピラふうな男が顔を出し、にやにや笑って「おい、おまえ、乗れ。」と言った。「おまえ」とは私のことである。昼下がりの閑静な住宅街、それも自宅のすぐそばであった。もちろん乗らなかったが。ヤクザが威張ることができたむかしむかしのお話である。

☆この手の話はこれだけではない。私はよほどバカで安く見える女だったのだろう。しかしいまの私は老人だ。老化を肯定する気はさらさらないが、もうナンパはおしまいだと思うと清々する。