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女の子はみんなの幻覚

☆幼いころから自分を「女の子」だと思ったことが一度もない人生だった。性別:女。それだけだ。

☆女の子呼ばわりされるのにも違和感しか抱かなかった。両親、とくに父親の訛りがきつく、非常に気持のわるい抑揚で「女の子」と言っていたことも影響しているかもしれない。その父が私を「お父さんっ子」と勘違いし、男の子の要素と女の子の要素の両方を要求するので幼い私は混乱していた。父と遊ぶには男の子にならねばならず、それ以外のときは「女の子のくせに」と罵られるのだ。

☆自分の外見をとてつもなく醜いと思っていたから、余計に女の子と言われるのに抵抗があった。女の子はある程度以上は可愛くなければならないと考えていたためだ。保育所などで可愛い女の子を見てしまったら、彼女たちと自分が同じ種族だとはとても思えなかった。

☆十代、二十代のころも、女の子と言われるのが嫌だった。性別:女。それで何か不都合なことでもあるのか。名前でなく、女でもなく女性でもなく「女の子」と呼ばれるのは、世の中と男たちから人格を無視され変な型をはめられているような気がして気持がわるかった。

☆小さい女の子は「女の子」だが、(ある程度)若い女まで「女の子」と呼ぶことに関してはいまだにしっくりこない。同性同士でもだ。

☆「女の子」とは性別を表す言葉でなく、女の子という「種族」を指していうのだと思っている。このひとたちは生まれてから死ぬまで女の子なのだ。たとえ子を設けようが女の子なのである。そういうひとたちを初めて見たときの感激を私は忘れない。