八月から来た男

☆一九八九年八月の初め、私より三つ年下のKを、そして私たちを、或る不幸がとつぜん襲った。

 

☆それから何日かたった夜明け、私と同い年のGちゃんは、私たちの車の後部座席にラジカセとともに乗り込み、私たちの町へとやってきた。

 

白いTシャツ、ブルージーンズ、素足に3ホールの安全靴、ジーンズと靴の間からのぞく極細の足首、黒くて丸いサングラス、真ん中あたりからラフに分けた前髪も黒かった。

そうして(おそらく)ネイルフランのレコ発ツアー中の割礼をみんなで見たのだった。

 

☆打ち上げは誰かの部屋でやった。私はGちゃんの隣りに座っていた。大酒飲みだったGちゃんはよくお手洗いへ行ったが、次第に泥酔してゆき、「飲むとトイレが近くなる」と間違った日本語を話して可笑しかった。

 

 

☆騒がしい宴会の途中、不意にGちゃんが手帖を出して、「これ、書いてあったわ」と室生犀星の「急行列車」を読ませてくれた。律儀な文字だった。

前に室生犀星萩原朔太郎などのことを話し合ったのを覚えていてくれたらしかった。

 

翌日、Gちゃん含む何人かで書店へ寄り、私はGちゃんも持っているという新潮文庫版の『室生犀星詩集』を買った。

(それから約10年たってGちゃんのバンドの演奏を見に行った際、申し訳ないことは重々承知のうえで室生犀星詩集』の表紙にサインしてもらった

 

それからGちゃんは誰かのバイクの後ろに乗り、日常へと帰って行った。

後ろ姿はあっという間に小さくなり、すぐに見えなくなってしまった。

 

 

☆あのときのGちゃんのイメエヂが強烈なためか、現在彼が作る音楽を聴くと頭のなかが瞬時にあの八月になる。

そもそもGちゃんの頭のなかが八月なのかもしれないとも思う昨今だ。