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朝から拷問するお父さんのいる風景

幼年時代 私事

☆いつもと違う位置に置かれた食卓には私ひとりだ。機械的に朝食を飲みこむ私の背後、カアテンを引いたままの薄暗い部屋では、小さな子が「保育所へ行け!」「なぜ保育所へ行かない!」と罵声を浴びせられ、平手打ちの連打を喰らい布団の上を右に左に転がされて泣き叫んでいる。恐怖のあまり、その子はとうとう「(保育所へ)行く…。」と小さな声で言ったが、虐待者は金切り声ですかさずわめいた。

「そんな(殴られた手形の付いた)顔で(保育所に)行けるわけがないだろう!」

独善的な彼の「躾」の手段は逆上と脅迫と暴力なのだが、彼はそれを善意と良識と正義だと思いこんで疑わないらしい。次は私の番だろうか。喉ぼとけに大理石の球が詰まっているせいで食べ物がつかえるけれど、朝食を残らず飲み干して(でも急がないふり)、急いで家を出て、一刻も早く虐待者から逃げなければならない。幼い私では折檻されているかわいそうな小さな子を助けることはできないし、誰かに助けを求めることもできない。虐待者は実の父だからである。行きたくないけれどいい子のふりをして学校へ行かなくては危険だ。それでも何もされない保証は残念ながらどこにもない。すべては虐待者の気分次第なのである。不思議なことに母の姿が見当たらない朝であった。

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