東京大空襲と祖父

☆前にも書いたが、祖父は終戦前後の東京で警察官をしていた。私が小さいころから、大きくなっても、晩酌の席では警官になるまえの軍隊での話や警察時代の話を聞くことができた。酔った祖父は同じ話を何度もくりかえし、私はその都度いま初めて聞いたかのような顔をして聞き入った。それほど祖父の話が好きだった。

☆そんな祖父がただの一度も触れなかった話題がある。東京大空襲の話だ。祖母によると、東京大空襲のあと、祖父は一週間ほど家に帰らなかったらしい。

☆ネット上にある東京大空襲の画像を見てみると多くの黒焦げの遺体が積み重ねられているものが大半を占める。警官であった祖父はこれらの遺体の処理に追われに追われていたのだろう。超が付くほどオカルトだった祖父は、遺体以外の「何か」まで見てしまったかもしれない。オカルトなくせに暗闇と「おばけ」がからきし駄目な恐がりだったから、他の人よりも怖い思いをしたかもしれない。私がオトナになってから、夜勤明けに16人に闇討ちされて一人で応戦し生き延びた話をたった一度だけ聞いたが、なにしろそれ以上の修羅場だったことは間違いない。

☆若かった祖父はあのとき、どんな匂い、あるいはどんな温度・湿度の空気のなかで、何を見、何を聞き、何に触れ、それらをどう感じたのか。祖父が故人となったいまでは知るすべもないが、知ることができるなら知りたいと思う反面、へなちょこの私ごときが知らないほうがいいのだとも思う。きっと祖父は話さなかったのでなく、話せなかったのだ。