東條英機と布団

☆祖父は終戦前後の何年間かを警視庁の警官として過ごしたひとであった。それだけに一風変ったエピソオドの持ち主で、普段は口数が少ないが酔うと饒舌になり面白い話が聞けるので、私は小さなころからオトナになっても祖父の晩酌に同席するのが大好きだった。

☆いつだったか、祖父が警察署の仮眠室の話をしたことがあった。戦争中で物がなく、お夜食がおたくわん一本一気食いのときもあったりした(喉が渇いて大変だったらしい)くらいだから、仮眠用の布団の側生地も少しずつはがし取ってはみんなで雑巾として使っていたという。そんなことを繰り返すうち、最終的にお巡りさんたちは、もと布団だった綿のかたまりに挟まって仮眠をとることになってしまっていた。

☆ある夜勤の最中、突然、ときの総理大臣・東條英機が現れ署内を視察してまわった。もちろん仮眠室の様子もだ。側生地がまったくなくなった何組もの「布団だったもの」を見て東條は静かにたずねた。

「これは何だ?」

緊張した警官が答える。

「…布団です!」

「綿じゃないか!!」と東條はすかさず正しく反論し、後日新しい布団一式を届けさせたそうだ。

☆「東條は…いいひとだよ。」

酔った祖父がぽつりとつぶやいた。