コドモの慾望

☆もしもコドモのころ慾しかったもの全部を手に入れていたら、当たり前だが、確実に大変なことになったはずだ。

☆まず各種化石、恐竜(生前)、サターンロケット、きれいな石ころ、お姫様(国産)、お城(洋もの)、おやつ、つぼ振りのおねいさん、アメ車、巨大な積み木、曾祖母のお宿、犬、地平線と水平線、太陽、星、コロポックル、何軒かの家、月、イグルー、雲、過去帖、祖父母宅の箪笥の上の水色の棒、(お菓子じゃないほうをお菓子と誤解した)スナック、むかしむかしの地球、月面車、人工衛星、等々……。

☆言うまでもなく置き場所に困るし、というよりもまず置き場所がないし、となり近所どころでない太陽系規模で世の中全体に迷惑をかけることになったろう。しかしそれも愉快なことかもしれない。いや、迷惑なものはやはり迷惑だ。でもすべて手に入れられたらどんなによかったろう。ひとの迷惑などかえりみずものを持て余し困ることができたらどんなに愉しかったろう。

☆コドモのころはただただ手に入れたかったのだ。とにかく慾しくてたまらなかったのだ。どのコドモもそうかもしれないが、物慾の塊であったのだった。物慾の大きさはそのまま生命力の強さを意味する。コドモの私は生命力がみなぎっていたのだ。

☆いまの私に物慾はほとんどなく、枯れて乾いた世界に独りいる。

☆生きるとは慾することであるとブラッドベリが書いていた。こんな私にも生命力みなぎる時期がたしかにあったのはよい思い出である。