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菊正ジャンキーの恐怖

☆私がコドモだったころ、菊正宗という日本酒のCMがあった。

☆おいしそうなお酒とお刺身などを交互に映し「菊正を飲むとうまいものが食べたくなる」「うまいものを食べると菊正が飲みたくなる」と落ち着いた男性のナレーションが入り、「〽︎や〜っぱり〜俺は〜〜菊正〜宗〜」と、なぜか女性歌手がド演歌調で唄ってCMは終る。

☆オトナになったある日、YちゃんKちゃん夫妻のお宅で愉しく雑談をくり広げていたとき、Yちゃんが「菊正ジャンキー」という言葉を口にした。私は「菊正」という単語も「ジャンキー」という単語も知っていたが、これらふたつを連結させるという発想は持っていなかったので仰天し、笑いに笑った。息が止まりそうだった。申し遅れたが、私は笑い死にするタイプである。

☆菊正ジャンキーとは「菊正を飲むとうまいものが食べたくなる」「うまいものを食べると菊正が飲みたくなる」「菊正を飲むとうまいものが食べたくなる」「うまいものを食べると菊正が飲みたくなる」という連鎖から逃れられなくなることをいうのだとYちゃんから教わった。同席していた友人たちはみんな知っていて笑いもしなかった。

☆それから十年ほど経った夏の夜、私は一人暮らしの部屋で音楽を聴いていた。親切な友人I君が貸してくれた初めて聴くレディオヘッドのCDだった。何度も通して聴くうち気に入りの曲が見つかる。聴く順番も重要で、この曲を聴くと次にあの曲が聴きたくなり、次はこれ、その次はこれ、と4曲ほどを延々くりかえし、止まらなくなってしまった。「このままいけば今夜は眠れないのではないか。」と不安に陥った瞬間、私の腦裡を突然よぎった「菊正ジャンキー」という言葉。

「そうか、これか!」と一人で納得し、長いことのたうちまわっておなかがよじれるほどげらげら笑っていた。またしても息が止まりそうだった。薄い壁ひとつ挟んだ隣室の住人はなんの騒ぎと思っただろう。警察に通報されなくてほんとによかった。