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かわいそうだから可愛い、という怖くて迷惑な話

☆ひとのかわいそうな様子を見て「可愛い」と喜ぶ性質をもつひとは非常に困ったひとである。

☆父がそういうひとだった。まだ私が幼かったころ、たびたび高熱にうなされる私の顔をのぞきこんでは「かわいそうに…。」とさもうれしそうに言う父の顔に困惑したものだった。いくらコドモでもその表情でその言葉は言わないだろうと気がつく。

私が傷を作ったと母から聞けば「見せて、見せて、見せて、見せて。」と笑顔でしつこく迫り来る。彼は傷の内側を見たいのだ。嫌だと言えば何をされるかわからない恐怖から無言でうつむいていると、コドモのやわ肌をうれしそうに鷲づかみにし、せっかく閉じかけた小さな傷を開いてしまう。痛くて怖くてとても迷惑だった。

☆父は優しい少年だった。家族のセーターを編む毛糸を作るため、父の家では羊を何頭か飼っていた。一頭の仔羊を親から離したある夜、仔羊は淋しげに泣き続けたという。その声があまりにもかわいそうで聞いていられなくなった父は寝床を抜け出すと羊小屋へ忍んで行き、泣く仔羊をバスタオルでくるんで一晩じゅう抱いて過ごしたそうだ。抱っこされた仔羊はおとなしく眠った。なかなかできることではないと思う。

☆優しかった少年は、なぜ鬼畜な父親になったのだろうか。

☆現在の父は年を取り、不治の病にかかったせいか人生の終りを考え、弱気になり枯れている。それが功を奏してか、相変らず口数は多いが話しやすい親切なひとになった。まるで鬼畜時代がなかったかのようである。ただ、鬼畜時代の反省や後悔はなさそうだ。

両親には友人が一人もなく、親しい訪問者はほとんど私だけで、行けば必ず歓迎してくれるが、私はむかしの両親とは別のひとたちだと思って接している。多少の警戒心とともに。