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家庭内ロックンロオラア誕生前の長い夜の始まりの日

☆30年前の今日、私の人生の中心がロックンロオルになった。ある人物に出会い、魅力的なロックンロオルを浴びるように聴かせてもらい、それらを片っ端から気に入って四六時中聴くようになったのだった。まるで水をぶっかけられたスポンヂのごとく、「あ!」という間もなくロックンロオルに溺れてそれっきりである。

もともと音楽は好きで、ソルの「雨だれ」を聴きたいがために得意の道草を喰わず一目散に帰宅することもあるような小学生だったし、ただレコードを聴く、という遊びのメニューは幼少期からあったが、どんな音楽を聴くかは30年前のこの日に決まった。

耳のピントが定まって以来、ロックンロオルばかり聴いてきたわけだが、思春期までにテレビやラジオで聴いたかつての「流行歌」も自然と大切に思うようになっていった。なにしろ何もわからない人生の黎明期に私を楽しませてくれた音楽にはある種の「恩」を感じないわけにはゆかない。ロックンロオルとはやはり区別はするが古い流行歌もなつかしく聴いている。

また、そのほかのジャンルの音楽もいろいろと楽しむようになった。これはロックンロオルの聴きすぎの効用というか副作用というか、一つのジャンルをブラジル付近まで掘ってゆくと、いろいろなジャンルが自動的に付いてきたという感じである。

こんな楽しいものがあるからいつまでも死なずにだらしなく生きているのだ。そういう意味では音楽は諸悪の根源といえるが、やはりどうにもこうにも好きなのだ、ロックンロオル。